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2018-11-02

透析16年目。循環透析は怖い。酔えば寝た記憶がない幸せな日々。



きのう
『充電』=透析の16年目が始まった。
15年のグリーティングカードを作り
病院の医師やスタッフに配った。
前々回の快晴の熱海裏の玄岳くろだけからの写真を背景に
ちょうど前回の日蔭本田山629mで山歩きが
190座となったので
そのリストを配したデザインに思いつきでしてみた。

登山など全く興味がなく
むしろ馬鹿にしていたのに
山歩きをはじめてたしか7年になる。
このところはほとんど毎週日曜日は
高い山低い山は別として山に登ってる。
看護師は「週末になると登ろうという血が騒ぐの?」と聞いてくるが
全くそうではなく
筋力が落ちることが怖い危機感恐怖感でしかない。
じっさい隔週になると
筋力の衰えを感じるのだ。
登るのが辛いというのもあるが
帰ってからの筋肉痛が違うことからわかるのだ。
それ故
毎週登ることは気力も努力も忍耐力も必要だけれど
何らかの命に関わる力になっていると信じ続けるしかない。
その結果
倶楽部山行計画の立案も
小生に任される形になってしまったが
倶楽部山行があってこそ
曖昧な理由でウダウダ部屋に留まることがない結果になってる。
そして今週も低山に登る。

15年目のこの1年はいろいろあった年だった。
もっとも記憶に鮮明なのは
生死の際まで行った出来事だ。
「循環透析」。
循環透析は良い意味ではない。
せっかく浄化した血液を
また浄化することで
一部の血液をグルグル循環して透析することで
カラダ全体の血液を浄化することなく
4時間の透析を終えて帰宅することなのだ。
4時間透析してもわずかな浄化で終えることなので
血液浄化できないに等しいのだ。

当然
もっとも危険なのは血液の「カリウム」だ。
カリウム数値濃度が高いままでいることは
心臓が止まる。
カリウム濃度が高ければ
筋肉は動かない。
止まる。
心臓は大きな筋肉の塊だから。

実際
透析日の次の日にもかかわらず
脚の筋肉や指先などが痺れ具合が悪かった。
普通であれば
寝込むのだろう。
だが小生は
病院の救急センターへ向かった。
まあそこからの病院の対応は悪く
対応通りの受診をしていたら
その途中で筋肉硬直で心臓が止まっていたが
透析センターのラウンジに向かったことで
看護師の機転で最初に拒否された救急センターに
車椅子で直行でき
すぐにカリウム濃度が高いと判断され
また透析センターに戻り透析開始となり
一命を取り留めたといっても過言ではない。

ふつうに透析していても
ある日その透析不備で死を迎える可能性があることを
身をもって体験したのだ。
スタッフはなんとはなく救急センターに向かった小生を
褒めてはくれたが
もし救急センターへ向かわないで
一日寝込んだりして死んでいく患者もいるのだと思うと
まったりとしてはいられない。
ましてやそうやって死んでいった患者の原因は
透析不足ということは本人もわからず
家族はさらにわからず
そしてスタッフもわからないまま
心不全で亡くなったということですまされることになるのだ。

責任論で言えば
透析を行ってる病院にあり業務上過失致死罪でもあるのだが
陽の目を見ないまま命が失われれば
訴えても元も子もないのだ。

この1年の記憶に新たのはつぎは
使っていたシャントの血管が詰まって
新しくシャント手術をしたことだ。
その結果連動して血流が変わって
新たに血管が詰まって
その開通手術をしたことだ。
そしてその血管がふたたび詰まりつつあるのだが
診察を受け再度の手術の負担を避け
その血管は諦めることになった。
全体として左手全体の血流が減少し
右手の半分の血流となり痺れる。
これは将来改善されることなく
悪化すれば指の壊死も覚悟のケースもあるのだ。
命があれば良いのだと
なかなか開き直れない今日この頃でもある。

もう一つ
血圧が降圧剤を飲んでも160〜180あり
飲まなければを試してみたが
220という数値の記憶がある。
その血圧がコアヒビターという抗血液凝固剤投与のきっかけで
降圧剤を飲まなくても120〜130に下がったことだ。
あまりに急激な「正常化」だが
いまや生活のベースとなった「整体」が
その効果を発揮してきたと思っている。
この数年は「解毒」といって
発疹のような形で
カラダの毒素を排出している。
透析でカラダから毒素は出してることになるが
カラダが完全に機能していても
毒素が残り大きな病気につながり死に至り
ましてや透析では残留毒素は多いことになる。
ゆえに
「排毒」は普通なら終わることがあるそうだが
慢性腎不全では「排毒」は続くそうだ。
その最中に起こったコアヒビター騒動で
ともあれ血圧は平均的な健康状態になった。
心房細動や不整脈も整体である程度コントロールできるようになった。
もちろん山歩きも
心臓を使うことで
その自己修正能力が発揮されていることにもよるが
そのためにも山歩きの必要性を痛感するものなのだ。
ともかく
整体が生活のベースになってることが
気持ち的にも支えとなっていて
整体に出会ったことに感謝するばかりだ。


酒量もやや減り
酔えば寝た記憶がない
まあ幸せと言えば幸せな日々で迎えられた16年目だ。