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2019-05-25

ブログを引っ越ししました。

ブログは引っ越ししました。
お手数ですが
ブックマークを改めてください。
よろしくお願いします。

https://blog.goo.ne.jp/pun_juden

2019-05-20

捜し物は自分から出てきた

きのうの捜し物は
他の本が売れて探していたら
ひょっこり出てきた。
じつはきのうの本の山積みの写真に
写っていたのである。
写真は探し出すときのための記録用に撮影しているのだが
役に立てなかった。
一冊ですらはっきり所在がはっきりしないと
気分が悪く気が重い。
やっと晴れたと思ったら
夜遅く段ボール5・6個分の本を引き取って欲しいと
メールが届いた。
よく知ってる友人なので疑問はないが
もう少し余裕を持ってくれたらと思うのだが。

このブログについて
スマホで入力できないので
サイトを下記に変更しました。
よろしくお願いいたします。

https://blog.goo.ne.jp/pun_juden


2019-05-19

1500冊との格闘

今日は日曜日。
日曜日くらい体重が基礎体重に近く
というか本当はジャスト基礎体重でなければならないはずが
それなりに「自主的に」調整しているので
今日は「想定通り」500gプラス。
そういう意味では体調はいいので低い山でも
出かけたいところだが
3年目に入ったが
メルカリで書籍を販売していて
アップロードしている本が1500冊に及ぶ。
1500冊の本をどこから手に入れているかと言えば
友人の詩人・編集者・教授などが提供してくれる。
もっとも無料ではなく
一定の額を還元していくので
在庫管理・販売管理が必須。

そのメルカリもだんだん順調になってるのは良いが
冊数がどんどん増える。
メルカリのシステム上
アップロードしなければその分
アピールできないので
永遠にアップロードを止めることが出来ない。
しかし
在庫管理がなかなか難しい。
売れればその1500冊から引き出さなければならない。
これが一番労力が消費される。
一応時期ごとに分類できてはいるが
「一応」からはみ出る在庫が数冊ある。

今日はその行方不明の本1冊を探し出さなければならない。
狭い部屋のストックに必ずあると信じたい。
トランクルームを最近レンタルの手続きをした。
そこへの搬入を兼ねてやり遂げるしかない。

憂鬱ではあるが。

2019-05-16

94歳の母親「この人誰」

昨日名古屋往復をしてきた。
今月20日で94歳になる母親が
先月転倒して入院。
その後心臓と腎臓が弱ってきて
胸水も溜まり
数日前にいつ逝っても不思議はないと医師から連絡があったと
面倒を看てきた妹からLINEが入った。

長女・長男も見舞いに行ってくれるというので
3人揃っての「小旅行」となった。

母親には我々が行くことも伝えてなくて
ちょうど昼ご飯の時間で
食事をするのも忘れるほどの喜び様だった。
「よう来てくれた」と孫の名前を連呼するはしゃぎ様だった。

私と母親は青春期からギクシャクしてきた。
私の側から言えば
母親の言うとおりにしない私を
頑として受け入れなかったことだ。
20歳に私は無言で家出をして
東京の専門学校に入学して
その後曲がりなりにもフリーでその職業を歩いてきた。
私に長女が生まれ家出して断絶していた親子の関係はやや修復されたが
その仕事に関する話題もなければ認める様なこともなかった。

その後10歳離れた私の長男が生まれると
「男系崇拝」の母親の愛情は孫であるその長男に注がれた。
自分の息子で達成できなかった生き様を
孫に
しかも男系であることで
溺愛してきた。
会うたびに孫に「一流企業のサラリーマンになること」を
蕩々と解いてきた。
それが「夢」なのだ。

孫はじっと聞いていた。
「父親の様になるな」ということも何度も聞こえてきた。
そして一流企業といえるかわからないが
いちおう夢であった企業サラリーマンに就いて
母親は満足だった。

ベッド越しに両手で
その長男を抱きしめる仕草を何度もする。
「会えるとは思わなかった」
「嬉しい!」と
4人部屋のほかの患者に迷惑がかかってるだろうほどの
大きな声でその嬉しさをかみしめる様に何度も連呼する。
「嬉しい!」と。

孫二人とは会話をしても
私とは話しない。
私と話さないのをみて
長女がわたしの名前を言って「わかる?」と
振ってみると
「この人誰だ?」と恍ける。
ちなみに認知症などまったくない。
「おまえなど認めたくない」と言わんばかりなのだ。

この先長くもないことは分かりながら
認めたくないという遺言を奥のだ。
長女に
「根が深い」と言わせる。









2019-05-08

単純に基礎体重値(ドライウエイト)が適正でないと考えるべきだ。

このところまた体重管理が難しい。
『充電』終盤に血圧が下がり足が吊る。
帰宅途中も景色が真っ白になる。
一歩間違えれば
転倒するはずだが
持ちこたえて歩いている。
スーパーや店を歩き回り
食材を買って帰宅すればグッタリで
横になると寝てしまう。

それを問えば
医師は「体重増加が多い」という答えだろう。
しかし
もしその「正解」を信じるとして考えるなら
心臓が急激に衰えていることが必要なのだが
ほんとうに急に心臓の能力が悪くなるのだろうか。
もしトラブルを発症しているならば別だが
ふつうに考えるならそうではない。
そんなふうに考え過ぎるより
単純に基礎体重値(ドライウエイト)が適正でないと考えるべきだ。

この数ヶ月基礎体重値を下げる方向で考えてはきたが
同時に食事の管理で体重を増やすことを目指してきた。
つまり矛盾することを目指していたのだから
それが交差する時がいつかは来るのだ。
基礎体重を減らすのは
相対的なカラダの水分を減らすためでだった。
それは絶対的な体重=筋肉・脂肪の増加でも
かなえられるという作戦でも成し遂げられる。
まず食事を抜かない。
炭水化物・エネルギーを積極的に取り入れる。
ということを努力してきた。
しかもスラックスのベルトの穴が
一つずれて腰回りが大きくなってる。
それが実質体重500g増えたのか1000g増えたのかは定かではない。
こういう提議をすると心胸比とすぐ宣う。
心胸比の変化は参考にはなるが
それが50%なのか60%なのかの絶対数値を基準に出来ない。
どうしても60%を越えると不安になる。
かといって50%代だからといって
いつも足が吊り血圧が60や70になることを
享受することでもない。

たしかにすでに体内の過多の水で心肺が苦しいという症状はない。
それを先日の超低山ではあるが300mのみもう山の山行が実証している。
そういう意味でも
山歩きは体調を計る貴重なバロメーターでもある。

とりあえず基礎体重値を500g程度上げることにする。


2019-05-07

山登りの仲間が亡くなった

山登りの仲間が亡くなった。
Facebookを通じてご主人がアップロードしたものだ。
しかもアップされたのが12時間前なのに
お亡くなりになったのは昨年の8月ということだ。

山行をご一緒させていただいたのは
数回だがそれをきっかけに
Facebookでもフォロアーだった。

夜明けとともに散歩しているらしく
田園風景のなかの日の出が
毎回すばらしかったのが脳裏に浮かぶ。

年齢は小生より若いはずだが
クリスチャンだからなのか
物腰が柔らかい優しい印象だった。
Facebookを通じてガンと格闘している姿を
見せていただいたが
のびのびとしていて
克服を祈っていたが
このところコメントがないと思っていたら
突然の報にビックリしている。
残念ではあるが
生前のFacebook上の姿は精一杯のびのびとしていたことは
なにか教えてもらった気がする。
ありがとうございました。
安らかに。

2019-04-30

増加が「多い」の一言で片付けられる

先週末1.2キロを残して中二日で増加は5.7kgとなった。
実質増加は4.5kg。
それでも主治医は増加が多いという一言。
基礎体重からは確かに5.7kgで多いが
4.5kgはまあまあなのだ。
しかもこの間で2食も抜いている。

たしかに山行で少々のビールと
仲間の手作りのカクテルも飲んだが
ミネラルウォーターは止めて
氷を舐めて耐えた。
そんなにも努力しても
増加が「多い」の一言で片付けられる。

ゆっくり白湯を飲む。

現在時刻朝の5時45分。
なにはともあれ
精神的には怒濤の3日間だった。
体重管理が今までに経験したことのない厳しさで
過ごす必要があり
緩いことをしていれば
救急車で運ばれなければならない状況で
無事に最後の朝を迎えられた安堵。

ゆっくり白湯を飲む。


2019-04-29

血圧66の急降下

とにかく異常な状況になった。

金曜日にショッピングに誘われて夕方出かけた。
一通り街を歩いけば夕飯となる。
夕飯といってもその友人とは酒になる。

週末の金曜日に酒宴とは危険なのである。
しかもそれまでもすでにオーバー気味に食事摂取している。
油断すれば翌日の『充電』で調整できなくなることは明白。

それはそのとおりとなった。
いったん呑んでしまうと
頭の中に体重への意識があっても制御力が弱まる。
時間が経てば経つほど
それは顕著になる。

結局2軒も行き
おまけにその相棒は帰りに
一枚は無料とドミノピザ二枚をテイクアウト。

もちろん一ピースか二ピースしかたべなかったが
それすら体重オーバーをすでに越えている。

翌日の『充電』の事前の体重測定は
ほぼ結果がわかっていた。
54.8kg。
基礎体重が50kgなので
4.8kgのオーバー。
想定していた除水量は
4.3kg以下。
500gはどうするのか。

とりあえず4.3kg設定の除水。
3時間は血圧も余り下がらず
順調だった。

ところが終盤急に血圧が下がり始める。
腹部に異変をやや感じるので
血圧を計ってもらうと
すでに90近い。
脚を上げて様子を見るも
下がっている自覚がある。
こうなるとずんずん下がる。
生理食塩水を入れてもらう。
結局血圧は66まで下がり
じっとりと汗は噴き出る。
気持ち悪い。
吐き気がする。
結局200ccの生理食塩水を注入。
こうなると耐えるしかない。

ほどなく80まで戻る。
一歩遅ければ
気絶していたことだろう。

医師はこれ以上除水は出来ないと判断。
基礎体重が50kgなのに
1.2kg多い51.2kgで帰宅することに。


いつも心配してくれてる技士からは
厳しい言葉を頂戴する。
「いままでにない努力をしないと」
「ホローできないよ」

S看護師の「火曜日お待ちしています」

2019-04-11

命を落とすとは そんな偶然といえるほどの瞬間なのだ。

前回の「忖度したんだよ」のブログ。
今日あたりはすっかり落ち着いた。
落ち着いてみると
週末の血圧が70台に下がり
両脚が吊るトラブルがそうなのか
原因はともあれ
シャント側の血栓が飛んで一時的にしろ血管が詰まり
シャント側の動脈に痛みが走った。
そこで整体的な対処をしたのだが
という整体的というのは
血流を良くするツボへの対処のことで
それが効果があったかどうかわからないが
そのまま寝てしまったところからは
夜中の件は落ち着いたといえる。

しかし再び朝目が覚めると同時に
同じ状況に陥った。
これも整体的な対処と同時に
熱めのシャワーをシャント側の肩に当てた。

「痛み」が血栓が詰まった信号で
われわれの知らない対処を
カラダが行っていることも考えられるにしても
生き延びたと言っていいのだろう。

そういえば
週末70台に血圧が下がったとき
そのあとに透析機のアラームが鳴って
機器が停止した。
技士が音を止めてなにやら対処していた。
その内容を聞いてみた。
なんと血液を体外に出す透析針に
血栓が詰まっていたのだ。
それは実際見せてくれた。
そのベテランの技士が
迷わず真っ先に針先の血栓を想定したことにも驚くが
体液全体が少なくなれば濃度が濃くなり
それだけ血栓が浮遊し詰まりやすくなることは
容易に想像できる。

月曜日と言えば中二日で
体液も多くなっているはずだが
濃度が濃くなり変化した血栓が
体液が増えなんらかのきっかけで
ふたたび浮遊を始めたとも考えられる。

ともかく
血栓が血管を詰まらせれば
悪ければ死に至る。
運が良くて
半身不随や話すことが出来なくなる。
そんな事例はよく耳にする。
週末のトラブルの日の夜中に2度も足が吊って
それがなかったら翌日倶楽部山行に参加していたが
もし山を歩いていて
血栓が飛んだりしたら大事になっていた。


運よく生還できたが
命を落とすとは
そんな偶然といえるほどの瞬間なのだ。

もちろん
可能な限り
体液量の設定など厳しく管理しているはずだが
それには限界があり
やってきた「死」は
甘んじなければならないのだ。




2019-04-09

「忖度したんだよ」

心臓の裏あたりの背中からシャントの左手いかけて
鈍痛があって夜中に目覚めた。
呼吸困難に陥るのではないかという気持ち悪さというか
痛みというか我慢できなかった。

整体で教えられた左手への血流を良くするツボに
対処するうちにふたたび寝たようだ。
今朝起きると同じ状態で
このままいったら呼吸困難になるのではないか
という不安を憶えたほどだ。

整体のツボに対処すると同時に
温めたほうが血流がよくなるとの判断から
シャワーを浴びた。
幸いしばらくすると和らいだ。

無事に病院に辿り着き
詳しく事情を報告すると
すぐに血液検査・心電図・酸素量検査・心筋梗塞の血液検査など
ベッドに横になったままいろいろ調べてくれた。
一応カリウム過多でもなく
心筋梗塞の数値も異常なしとされた。

透析2時間もすると
開始時に猛烈に痺れてホカロンで養生していた左手も
その左手から心臓にかけてあった「息苦しさ」もなくなった。
いまから思えば何だったのかと思える。

15年同じ主治医の回診があり
相談したが
想像していたような答えしか返ってこなかった。
やはり基礎体重を下げたことで
体液の濃度が高まって
いろいろ起こってるというような答えだ。
血圧が透析終盤で下がるのも
その基礎体重に見合った除水が必要で
除水量を減らすしかない。
とはすでに想定して今日は極力増加を減らしてきた。

看護師が増加量が少ないのをどうしたのといぶかしげ。
「忖度したんだよ」と冗談で応えた。
今週は除水量を減らしてみて
血圧降下がないのかを体験したかったというのが正解ではある。

今日心胸比を計るレントゲン撮影があるので
さらになんらかの方向性がまた決まることだろう。

2019-04-07

欠席通知

今日は低山山歩きと
山行倶楽部の勝沼ぶどう郷駅まえの
花見を予定していたが
欠席することにした。
その欠席通知を以下に。。


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おはようございます。本日楽しみにしていた花見を欠席させていただきます。最近体調管理は順調だと思っていたのですが、このところ透析がうまくいかなく血圧降下が頻繁で、昨日も透析終盤血圧が70まで急激に下がり、両脚が吊り大汗をかき一時意識がなくなりました。幸い生理食塩水を注入してもらい事なきを得て帰宅しました。これなら花見も出かけられると思っていたのですが、昨夜二度もふたたび足が吊って、少々疲れ花見もむすび山のカタクリも楽しみにしていたのですが、しばらく食事管理に徹することにしました。概ね食事の不摂生が原因で、少しずつ理想的な透析患者の食事管理を目指す方向に舵をきらないと余命を縮めると痛感しました。とりあえず欠席のご報告までに。

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2019-04-02

「動き出した感」

カラダは動き出した感があります。
歩数では14000歩
高低差では256m
3ヶ月ぶりの「再起動山行」としては妥当な線で
きょうは山行後2日目だが
たいしてカラダのダメージや筋肉痛もなく
むしろ文字通り「動き出した感」があり
少なくとも先週末より身体が軽い。
カラダっていうのはそういうものなのかもしれないと思うと
努めて動かし続けなければ
故障の宝庫となって朽ちるのも早くなるというもの。

空白の3ヶ月に基礎体重を下げたことによって
カラダの水分量を減らした。
それでも基礎体重を2キロ下げきることが出来ないでいる。
透析時の終盤
血圧が80前後まで下がる。
苦しいこともある。
帰り道ははさらに下がっているのか
ピントが合わなかったり
景色が真っ白になる。
カラダが想定している基礎体重に
慣れることも必要だろうが
そこまで下げる必要がないということも考えられる。
スタッフとは
次回の胸のレントゲン撮影の結果の心胸比計測まで待っても良いのだろう
としているが。

動き出すのは
なかなか勢いが必要となるが
怠惰に負けない意志力こそが
実際に動くエネルギーよりも
必要となる。
そういう意味でも
当初
高尾山をケーブルカーで登って足で下山する計画も立てたが
高尾山の喧噪を避け
静かな低山の八王子城山を選んで正解だった。
高尾山より多少低くても
ケーブルカーという利器を利用することなく
登りも下りも自力で完遂できたというカラダへの確信は大きい。

次の倶楽部山行案内がきた。
登り400m
下り800m
のようでここは迷うところだが。



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山行ブログより転記>
八王子の里山は花満開でした。
単独行でゆったりと低山を楽しみました。
 
ほぼ3ヶ月ぶりの山歩きです。
心臓や肺に水が溜まり
いつ心不全で命を落としても不思議はなかったのが
この半年だったようです。
日に日に山どころか日常の道を歩くのさえ
苦しくなって気がつけば
肺には影が映るほど水が充満してきていたのでした。
原因は課せられている栄養管理が果たせなく
十分なエネルギーを吸収することなく
悪いことに一部断食すらしたりで
結果的にカラダの飢餓状態で
体内のタンパク質消費をも促してしまったのです。
カラダのタンパク質といえば筋肉も含まれ
そぎ落とされる筋肉を支えるべく
重心を保つために足指に過度な力がはいって
蜘蛛のような歩き方でした。
足も痩せ細ってシューズもぶかぶかでした。
その栄養管理というのも飲酒に傾いてしまった結果。
この3ヶ月間
栄養管理と水分調整である程度修正できたと考えての
「山歩き再起動」のわずかな試みでした。

前日まで高尾山をケーブルカーで登り
下りを歩くつもりでしたが
喧噪の高尾山でしかも春休みでのことで
ケーブルカーや雑踏を避け
暮れに登ったばかりで体調との相談もしやすい城山に
高尾駅に着くや変更しました。

霊園前バス停から少し歩くわけですが
わずか3ヶ月ほど前の忘年山行に歩いたときの
息苦しさはもうありません。
多少ザックの重量は減らしていますが
心臓や肺から水を引いた順調な体調管理を感じたものです。
少しこの先のわずかな高低差に
大げさですが自信が沸いたといったところです。

あいにく予報が外れ
頂上からの眺望は良くありませんでしたが
思い起こせば暮れの忘年山行も
ぼんやりした曇天でした。
頂上をほぼわが倶楽部が占拠したような景色を思い起こしながら
ふたたび倶楽部山行に復活できる気配を確信していました。

2019-03-24

食べて歩いて山歩いて筋肉をつけること

朝マンションを出て駅まで歩くことすら
億劫になっていた数週間前はなくなって
息苦しいこともなく歩けるようになると
さあこの数ヶ月で落ちた脂肪や筋肉を回復しようという気になる。
食べてるだけでは筋肉は回復しない。
この歳になると筋肉は落ちることは速くても
筋肉がつくことは遅々としてるだろう。
この数ヶ月の食生活は筋肉が落ちることに加担してしまった。
もともと歳とれば筋肉が衰えることが前提で
維持することすら特段の努力が必要とされてる。
そうであれば
特段以上の努力が必要で
いったん落ちた筋肉を回復しようとは
ただならぬ精神力が必要だということになる。
まあぜい肉がつくことまでは望まなくとも
筋肉だけはつけたいし
山歩きが以前のように復活出来れば幸いだ。
山歩きが好きではない。
でもカラダにとっていいことはカラダが確認している。
山歩きでも卓球でも何でもいいのだとうと思うが
身体を動かしていたい。
卓球のように相手があって動きの激しい運動は
無理があるかも知れないが
山歩きのように自分のカラダのペースに合わせての運動は
よりカラダに都合が良い。
そろそろウォーミングアップで歩くことから始めたい。

それにしても目標の基礎体重を2キロ下げて49.5Kgにしているが
50Kgまでは下げられるが
それを越えて体重を下げ(水分量を減らす)ようとすると
血圧が80まで下がる。
ときには50まで下がって意識が飛ぶこともある。
このところ毎週のように試みてるが
難しいところ見ると
適正な基礎体重は50kgなのか。
来週もう一度チャレンジしてみようとは思うが
だめならいったんあきらめ
食べて歩いて山歩いて筋肉をつけることで
相対的に水分量を減らすことに期待しよう。


2019-03-09

透析離脱を選んだ患者が亡くなったこと

今般の福生病院で透析離脱を選んだ患者が亡くなったことが話題になってる。

すでにこのところ20人亡くなってると報道されている。
手続き論で患者本人・家族に確認してるから
「死」を選んだ場合
病院は透析を中止してきたというわけだ。
少なくとも報道されている亡くなった患者は
40代と若い。
それを「透析は終末期医療」として
その自殺行為を安易に認めてきたようだ。

透析は辛い。
生活そのものの形態を変えなくてはならない。
その上
厳しい水分制限=体重調整・カリウムや
リンの摂取制限=食事制限が必須で
透析導入時などは右往左往するのみで
何度もこんな生活は止めたいと思ってきた。

それはいまでも
ここで思いっきり酒を呑みたい
ここで食べたいということは頻繁にある。
それができないのは辛いことだけど
たとえば
今日は飲んでもあした控えようとか
コントロールすれば
言い換えれば
「騙し騙し」生きるしかない。

そうすれば40年も50年も生きている人がいる。

以前
親しい技士から
以前クリニックでやはり透析離脱をして
亡くなっていった人の話をしてくれた。
もちろん
こちらが離脱からどのくらいで亡くなるのか
聞き出したかったから話をしたわけで
その技士が死を話題にしたわけではない。
スタッフは死を意識した離脱をとめ
何度も継続を説得したそうだ。

生きる意志というのは
計りがたい。
同じように死ぬ意志も計りがたい。
ましてや
辛い透析生活を強いられてる我々は
いつだって脱出したい。
その選択に「死」もあるといえばある。

だが
意志というのは脆いもので
簡単に翻ることもあるのだ。

実際
福生病院の患者は
苦しい余り
「透析継続」を望んだという。
又その後
病院側の主張では
本人が「それでも透析離脱」の意志だったというが
透析離脱の意志がゆらいでいる中で
それをくみ取り
とりあえず透析継続すべきだったのではないか。

自殺したいのを認めるのでなく
まわりがどれだけ支えることができるか
医療で言えば「心療内科」が何できるのか
ということだろう。

おそらく
手続き論で是か非が決まるだろうが
手続き論ではなく
「生きる意志」の組み立てだろう。
それは患者本人一人で出来ることはありえなく
周りの支えが重要なのだろう。

そう考えると
わが生活の周りには
もちろん細々とした食事制限や体重制限を
必ずしも実際に近いほどわかってくれる人はわずかだが
むしろそんな核心的なことではなく
友人や家族・スタッフが生きることを
支えてくれていることを感じる。








2019-03-07

アプリ導入

スマホにアプリを入れた。
「レコーディング・ダイエット」ならぬ
「レコーディング・ウエイト・コントロール」とでもいうべき
体重コントロールをめざす。

日記アプリだが
他にも使いようによっては使える。
なんでもアプリのご時世だが
頼りすぎというのも弊害があるにしても
使わない手はない。


2019-03-05

とりあえず 歩け歩け

中二日を終えて。
体重増加は4,7Kgに抑えた。
いつも中二日というとひょっとすれば
5.7Kgということがあるこのところだったから
相当な「努力」だと自分で言ってみる。

そして
今日もマンションから駅まで歩いて
体調がいいことが実感できる。
ただ筋肉がそぎ落とされたことをも
実感するのだった。
それを復旧するのは
筋肉を徐々に使うしかない。
筋肉が落ちるスピードは速いと思われる。
回復するスピードはかなり遅いと思われるが
継続するしかない。

友人のお陰で
クルマも人手も助けてもらって
メルカリ出品での書籍の運搬も一部だができた。
とても一週間前は体調が悪く
する「勇気」もなかったが
やる気も起こるようになったというワケだ。

まだ体重は減らすことが出来ると思われるが
同時に実質体重を増やすことに気をつけることだろう。

2019-03-03

筋肉痛

筋肉痛で悩むことがある。
1000mくらいの山から下りてくれば
次の日かその翌日に多少痛む。
厳しい山になれば
さらなることは確かだ。
時には歩くことが億劫になるほど
痛むことがある。

疲労物質が溜まるからなのだろうが
そっれと同時に
筋肉が作られる
と考えられる。
筋肉痛の先には
筋肉が作られると信じる。

同じように
この半年の間に減らした筋肉とぜい肉を
取り戻すことが出来ると
信じたいし今までの経験から
それは可能であり
年齢に関係なく鍛えられると
感覚的だがわかるので
これから修復することに「懸命」になるのだ。

それにしても
酒量を減らすと
不整脈が落ち着くというのは
アルコールを消化するとアセトアルデヒドを放出し
心臓に有害であることは確かなような気がする。

2019-03-02

山歩きに復帰したい「懸命」

この半年ぐらいで少なくとも2kgは痩せた。
といっても健常者のように
体重計に乗ればわかるものではない。
腎不全で透析をしているものは
基礎体重値の設定でどうにもなる。
いわゆる「ドライ」「ドライウエイト」で
あくまで常に人為的に設定するのだ。
医師・看護師・技師・患者本人によって決められる。
もちろん闇雲に設定されるのでなく
透析中の血圧降下の具合
やそれ以外の平均的な血圧や
心胸比と言って胸のレントゲン撮影の
胸幅と心臓の幅で
血管や心臓にどれくらい水が溜まってるか
あるいは足のむくみがどれくらいか
などで判断するので
けっこう厄介な作業である。

この半年くらい
見た目にも腹回りや腕などが痩せてきたのを
自覚していた。
にもかかわらず
基礎体重を下げなかった。

相対的に血管内や心臓の水分量が多くなり
結果的に肺などにも水が溜まり
呼吸が苦しくなってそれまで続けていた「山歩き」が
出来なくなった。
もちろん心臓の障害ということも
可能性はないとはいえないが
むしろ溜まった水分により
心臓の機能が弱まって
心臓機能の数値も悪化してると考える。

相対的に増えた水分比率を下げるには
本来なら痩せた分を取り戻せば良い。
それで酒を呑む故
体重増加を少なくするため
代わりに食事を抜いてきたのを改め
毎食のとくにエネルギー摂取を厳守することとしたが
一朝一夕に肥ることは出来ず
体重設定を下げるしかない。

少なくともこのところ
1.5Kgは減らした。

わずか1.5Kg減らしただけでも
ベースが下がって
呼吸も少し楽なような気もするし
不思議なことに
それだからこそなのか
歩こうという気にもなる。
実際痩せて筋肉もそぎ落としつつあって
歩くのに不安もあったのに
それが止まったような気もする。

それでこのところ
ムーバスに乗るのが当たり前というか
利用しないとしんどかった通院を
今朝は歩いた。
部屋から最寄りの駅までと
病院に近い駅からとで
計30分程度だが
比較的苦しくもなく歩けた。

山歩きも復帰したいところなので
このまま続けたいところだが
さてどこまで出来るか。

今日を折り返し地点としたいところ。





2019-02-26

凶悪犯でなくとも 心の病は殺人をも出来てしまう

透析センターに最近、札幌から転居してきたK氏。
最近と言っても昨年半ばくらいだけど
更衣室がいつも同じ時間になり
一方的にいろいろな話をしてきた。
そのうちカラダの話から
山歩きの話もするようになり
小生の山歩きのブログも知るところとなった。
http://hyakunichikaiho.blog.jp

その頃はとにかくベタ褒めで
ああいう写真を撮るカメラマンになりたかったとまで。
改めてところで職業は何ですかと尋ねられて
ま ご想像にお任せします
と答えを濁した。
それでも普通に毎回更衣室でご一緒になって
一方的な愚痴のようにいろいろな話をするのにつきあってきた。

昨年の2018年10月30日で
我が透析が15年になって
スタッフに感謝カードを渡した。
同室のおなじみの患者さんにもわたしてもよかったのだけれど
患者さんにまでは
と考えて看護師と技師にお渡しした。



たまたま一人の看護師が
そのカードを持ったまま
そのK氏のベッドに行って
それは何?
ということになったようで
「カメラマン」という素性を
言葉にしたようだった。
もちろんそのK氏にも
すぐ感謝カードをお渡しした。

そして
その日の透析を終え
いつものように更衣室がいっしょになって
「おつかれさま!」と声をかけた。
今までもそんな場面は多くあるのに
K氏は無言。

今日は透析で少し辛いのかな
と想像もしたが帰り際
外にいた患者さんには
丁寧に「おつかれさまでした!」

無言が小生に向けられたものであると確信した。

そのことがあってから
たとえ更衣室だろうが室外だろうが
挨拶すらしなくなった。

気味が悪い。
まるで身に覚えもない「恨み」「嫉み」で
恨まれていると実感。
それから同室にならないように
時間シフトをしての入室を心がけている。
それでも忘れ物をとりに更衣室に
とつぜん入ってくることがあっても
無言。

確かな理由はわからないが
あの日を境に
何かを思ってることはたしか。

この世には恨み辛みの殺人事件がある。
われわれHそんなことで人を殺すのか
と思うが
凶悪犯でなくとも
心の病は殺人をも出来てしまうと思うと
挨拶もできないK氏を「心の病」と
楽観視できない。
狭いどん詰まりの更衣室で
刺されることだってないとはいえない。
気味が悪いし怖い。

もちろん看護師やスタッフにはすべて報告しているが
時間シフトしか対処の仕様がない。
看護師やスタッフでは共有されていて
話を聞いてくれていることが
せめてもの救いなのである。

今日も時間調整で院内にあるタリーズで
ホットドッグとコーヒー。




2019-02-04

TimeMacine

またまたパソコンが壊れた。
パソコンの修復は時間がかかる。
新旧含めて4台あるぱそこんで
すでに1台は壊れたまま1年近く。
今回のはその次に買ったパソコンで
MacOS10.6.8でこのパソコンでしか動かないソフトが
あるところからしがみついている。
こうなると他のことが何も出来ない。
頭が回らない。

修復する方法はいろいろあるが
そのどれもが不能になることもある。
それでも集中力で一から一つ一つ潰していくことだ。
今回もあきらめつつ
ディスクの消去(フォーマット)をしてみて
ゼロからやればいいかと最後の手段で試みた。

もちろんTimeMacineでバックアップをあったから
すんなりできたがほぼ三日間かかった。
いよいよ新しいパソコンに
新しいソフトを購入しなければならないか
と覚悟した直後だったので
「福は内」なのかもしれない。
新しいソフト「ファイルメーカーpro16」は38000円。
簡単に買える額ではないが
いまや仕事で必須のデータベースなので
えらい出費かと思っていたが回避できた。

それにしても考えようによっては
TimeMacineの重要性をつくづく感じる。

2019-01-31

神戸行を終えて

昨夜に納品(ネットで)も終わり
「怒濤の」仕事と他院での夜間透析が順調に終わった。
とにかく体重調整が難しいところだったが
ひとまず想定内で収まった。

もちろん機材と一緒に
真空保冷材のボトルに入れた氷を抱え
神戸まで。
それなりに水分摂取は控えられたが
新幹線のなかで食べた
7年連続ミシュラン授賞の弁当と10錠の薬レナジェルにむせて
一瞬誤飲かと思ったぐらい苦しんだ。
やっぱ水も必要とわかったので
帰りの新幹線では小さなミネラルウォーターを用意した。
ついでにいえば
帰りの弁当は神戸牛弁当で
おいしかったのはいうまでもない。

二日続けて重い荷物を背負っての仕事で
カラダには負担を感じていたが
それを過ぎてみるとまたカラダが鍛えられ
心地よさを感じる。
きっと使ってなかった筋肉も多少作られたのだろう。

久しぶりの他院での『充電』だったが
やっぱり15年通い続けてる病院がいいよ思うのだった。
もちろん慣れもあるけれど
スタッフとのやりとりも
どこか冷たい。

2時間経って足が吊るのもあったが
手早く温湿布を差し入れてくれたけど
それっきりで全く関知しないふう。
日頃段階除水をしてるので
それを相談しても
あまりお勧めしませんと
言われてしまう。
他のクリニックで充電したときも
終了後の血圧は’重要でベッドからたってから計ったものだが
そもそも終了時の血圧も計らない。
自分で計ることになってるのかもしれないが
とても親切とはいえなかった。
ただ夜の時間帯で暇をもてあますところだったが
テレビの情報番組で紛らわすことが出来たのは幸いだ。


2019-01-26

体重調整 水分調整

いちおう一日三食はキープできている。
やはり果物だけで間に合わせたり
絶食すると活動に影響がある。
やる気にもなる。
それを無理に断食することも
ストイックで良いのかも知れないが
行動力が鈍る。

もちろん正月前後のひどい風邪も
抵抗力の減退から来てるのかも知れない。
カラダの中からのエネルギー源がなければ
体温も低いのだろう。
体温は高ければ高いほど
免疫力は高い。

三食食べてるからと言って
体重調整が難しいかと言えば
それなりに酒量を減らしているが
難しいことではない。
ミネラルウォーターを氷片にかえて
喉を潤したり。

明後日は
神戸への撮影ロケである。
しかも翌日通常では『充電』ではあるが
この日も同じクライアントの撮影で
『充電』は夜間になるので
よっぽど水分調整を厳しくしないとならない。

まあ氷片を持参する保冷ボトルでも
きょうの帰りにヨドバシカメラあたりで物色してみよう。

神戸で神戸牛が食べたいし。

2019-01-24

基礎体重50.0Kgに減らす

今日基礎体重を下げることにした。
カラダの水分量はタプタプになってる
と想定できるから。

EFもBNPも心胸比も
そして
山歩きの登りの苦しさも
すべて改善することを
期待する。
そして最低でも炭水化物は必須として
3食を欠かせない。
どれくらいで体重が戻るかわからないが
それも栄養管理の貴重なデータとなるだろう。

体重が戻りぜい肉・筋肉がついてくれば
また基礎体重値を上げることになる。

このところの足のトラブルも
足の甲の肉や足に関わる筋肉が落ちたことにより
起こってきたのだろう。
足全体が細くなり
シューズの中で足が泳いで
シューズが合わないと騒いでいたのだ。
当然歩きづらい。
筋肉やぜい肉が落ちるのは早いが
着くのは時間がかかるかも知れないが
地味地に努力するしかない。

2019-01-22

BNPとやらが基準値18.4pg/mL未満が3286.7はほぼ「心不全」

BNPの検査は保険との関係で
あまり頻繁に実施されないという。
だから余りなじみがないが
web上で調べてみるとたとえば

BNPとは「脳性ナトリウム利尿ペプチド=Brain Natriuretic Peptide」の略称で、心臓(心室)で生成され分泌されるホルモンの名前です。
心臓に対しての負荷が増加したり、心臓の筋肉が厚くなると、このBNP量が増加するので、血液中BNP濃度を測ることで心臓の状態を知ることができます。
つまり、BNPは、心不全の指標として病気の状態を把握するために使われています。


この数値は心房の圧を反映するため、心臓のポンプ機能が低下することで、うっ血が生じたり、体に水分が貯留したりすると心房の圧が高くなりBNPが高値となります。
ですが、心房の圧は心不全がなくても高血圧や不整脈があると高くなる事もあり、その場合はBNPも高値を示します。

とある。(http://midori-hp.or.jp/examination-blog/congestive_-heart_failur_bnp/)


体感でも
この最近ブログにも書いてるが
しんどいのはこの数値でも裏付けられている。
これでもかこれでもかと
現れる心臓の故障一歩前の危険信号!
簡単に言えば
カラダの水分量が多いのだろう。
原因は何度も同じことを書くけど
筋肉・ぜい肉などが落ちて痩せて相対的に
カラダの水分量が多く
心臓にも負担をかけているというわけだ。
山歩きも苦しいはずである。
続かない。
EF(心臓の)駆出率も下がるはずである。

とりあえず
基礎体重を下げることが
有効なのだろうけど
あえて肥ることをめざしている。
どちらでもいいといえば良いのだけど
急に肥るとも思えないので
基礎体重を下げることの方が現実的なのかも。
課題ではある。

2019-01-15

好きなだけ焼酎飲んで早死にするか 食生活をリセットするか

山行ブログで
反省を含めて現状認識。

http://hyakunichikaiho.blog.jp/archives/52917094.html

今日は56.2Kgで
基礎体重からなんと5.7Kgである。
もう終末に近い。
反省ブログからしても
食事と焼酎は両立しない。
この1年くらいは
食事が焼酎に替わっただけなのだ。
しかもほとんど毎日となって
断食やファスティングの考え方なども
身体に良いなどの錯覚もごちゃごちゃになって
自分の都合の良いように
食生活をしてきてしまった。
焼酎を呑まんがための
自己弁護の「理屈」になってしまった。

考えるきっかけになったのは
やはり心臓の駆出率の数値といえる。
その数値だけ見ると
明らかに心臓機能が落ちてる。
もっとも週はじめの中二日後の検査で
水分がカラダに充満してる状態なので
正確な数値ではないともいえるが
そこで言い訳じみたことはやめよう。

いつも水分が充満し
心臓が伸びきった状態であれば
心臓の弾力性も落ちることは想像できる。
そんな話をスタッフの技師と話しているとき
「山田さん」のようになる可能性があるという。
亡くなった患者のことを引き合いに出すことは
失礼ではあるが
いつも週はじめは5kgオーバーだったまだ50代?の「山田さん」。
忘れていた。

だんだん心臓の弾力がなくなり
血圧も100を切ることが多くなった。
朝更衣室で苦しそうだった。
聞くところによると
ある日登院してこない。
知人が尋ねるとすでに
この世にはいなかった。
正確な死因はわからないが
普通に考えれば
心臓が原因だろう。

改めてスタッフの話から
「山田さん」のことを思い出させてくれて
つくづく考えさせられる。
とにかく5kgオーバーは
心臓に大きな負担をかけていて
自分の心臓は別格などという「迷信」は
通じないのだ。
現に駆出率は平常人の半分近くに落ちてるのだ。

食生活をリセットしなければ
短命に終わる。
焼酎も好きなだけ呑んで
早死にすればいいというのもあるが。

リセットには時間がかかるかも知れないが
そんなことも言っていられない。
とりあえず量はともかく
3食を食べることはやるしかない。
焼酎ももちろん減量し
ビールの後の焼酎は1杯を目標にして
呑み会などのイベントのみ焼酎可としよう。



2019-01-10

透析患者の基本 エネルギーを炭水化物から摂る

前々回リンが激減したのを経験して
それまでのリンの高値を
栄養不足からくる筋肉を分解しての消耗を確信したわけで
透析患者や腎不全でなければ
ファスティングしようと絶食療法をしようが
余分なリンは通常体外に排出されるが
腎機能がほぼないわれわれは
結果的に石灰化をもたらす。

このところ痩せてきてる自覚もある。
どちらかというと健康法で
絶食やファスティングをしているのではなく
そんな便利な方法=炭水化物を摂らなくて健康維持
があるので
その分
酒・焼酎にしようという
安易な動機に過ぎない。
ましてや一時的な断食でこそ効果があるだろうし
タンパク質中心でで栄養を摂るというのも
リンの高値を産む。

結果
透析患者の基本
エネルギーを炭水化物から摂る
というに戻るしかないのである。
日常的ごはんが焼酎に替わってしまった食生活を
焼酎を減らしてのご飯が必要なのだ。
そういえば朝食もこの1年くらい食べてないのだ。


小さな脳梗塞か

一昨日
『充電』後に中華料理屋で食事をしたあと
レジまで行って腕の感覚がおかしい。
腕の感覚がおかしいというより
見えてる腕と動かしている自分の感覚との乖離である。
逆に言えば
思うように腕が動かない。
ショルダーバッグ一方を肩にかけ
後ろに手を回して
もう一方をかけることが出来ない。

駅前で起こった出来事で
しばらく駅前のベンチで座って様子を見た。
病院へ戻ることも考えたけれど
救急外来へいけば
MRI撮影か造影剤投入のCT撮影で
しかも様子見で入院となるのではないかと考え
戻ることを断念。
ゆっくり帰宅することにした。

今朝登院して
真っ先に報告したが
血圧降下ではないかといわれる。
たしかに今まで4・5度意識が飛んだことがあったが
その時も意識がもどるとき
手足が思うように動かないことを経験している。
今回は意識が飛んではいないが
思うように動かないのは同じ症状かも知れない。
ましてスタッフのいうように
脳梗塞ではなく
ろれつが回らないとか脚の感覚に異常を感じてないので
急激な血圧降下で
意識が飛ぶ寸前だったのかも知れない。
タクシーも考えたが注意深く歩きながら
食材を買うのもやめ部屋に直行
安静にして眠って一応回復したといえる。

2019-01-08

血液検査のリンがいつもの半分近い4.4

いつもリンの値は7以上ある。
今回は4.4で激減していて
うれしいにはうれしいが
そうたいしてタンパク質を減らしたわけではない。
肉も魚も普通くらいに食べたような気がする。
多少野菜スープを多めに取ったかもしれないが。
レナジェルも同等に飲んでいる。

決定的にいつもと違うのは
山登りをしていないということだ。
前から肉体的疲労が
筋肉からリンを排出しているのではないかという仮説だ。
ましてや中二日で体重オーバーを恐れる余り
十分な食事を食事をとらずしての山歩きだ。

同時にヒトは飢餓状態になると
筋肉を消耗してエネルギーにして
同時にリンを排出するといわれている。

消化器のなかのリンはレナジェルで
囲い込みが出来るが
血管のなかのリンには何が出来るのだろうか。
そしてそのリンの結果
石灰化が起こるというのだが。

ここからいえることは
山上りに十分な栄養補給が必要ということのようだ。
少なくとも筋肉を消耗させないことか。
リンの高値をご飯で防ぐ?


2019-01-03

4kgオーバーということは 4kgの荷物を背負ってると同じ

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお付き合いください。

元旦をはさんでの中二日は
辛いものがある。
世の中は大晦日と元旦で
飲む機会や食べる機会が多くなる。
それにつられてではないが
多少のおせちもお屠蘇も
考えなく頂きたいもの。

大晦日の「充電」後の食事が
まずいけない。
いつもの食堂がすでに年末年始で
ふと入ったラーメン屋の麺の量が多い。
残せば良いものだが
貧乏性でまず完食。
もちろん汁は残すしかないが。

中二日に加えて
中二日目に初登りの山行が
予定されていたので
年末年始の私の恒例の
クラシック音楽のテレビ・ラジオの録画・録音を
ゆっくりすると決め込んだ。

NHK交響楽団の「第9」
東急ジルベスター・カウントダウン・コンサート
ウィーンニューイヤーコンサート
が中心。
NHKの番組のなかで
ピアニストのマリア・ジョアン・ピレシュの引退を
やっていた。
最近でこそピアノも聴くようになったが
「打楽器」のような鍵盤を叩く音が
どうも好きになれないのが続いた。
そんななかで
マリア・ジョアン・ピレシュの繊細な演奏に惹かれた。
同時にその風貌に多いに惚れた。
さっそくiTunesの中を探したら
数曲保存していた。
ピアノ嫌いでろくに聴いたこともなかったのだが
やはり風貌と同じ優しく繊細な演奏に出会うことが出来たのは
うれしい出会いだった。

さて
元旦のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの録画もうまくいき
新年2日目は初登り山行。

体重を計るとすでに4kgオーバー。
よっぽど計画的に食事もとらないと
5kgオーバーは楽。
ふだんだったら絶食してでも数字を合わせるのだが
山に登る以上エネルギーを取らないとならずそれもできない。

それよりも4kgオーバーということは
4kgの荷物を背負ってると同じといえる。
登山口から歩き始めるやすでに苦しい。
心臓への負担を感じる。

幸いいままで歩いたことのない「巻道」が
体力的にも心理的にも助けてくれた。
初登り山行とあって
酒も食事も豪勢だったが
ほとんど食しなかった。
下りは短いのに加えてそれほどエネルギーは使わないと
見込んでのこと。

無事下山し部屋に帰ると真っ先に体重計に乗る。
4.3kg。
朝のサンドイッチと多少の山頂宴会の飲食が
300gということになる。
そして
明日の「充電」は5Kgオーバーまではいいとして
250mlのビールと多少のアテで焼酎を呑んで
計画通り今朝の「充電」では5kgオーバーとなって
他の患者の体重増加がおおいところで
節制できスタッフからは何度もお褒めの言葉をいただいた。

それにしても空腹感で充満。