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2016-09-28

リハビリ第1歩は新宿図書館まで8920歩。

心エコーの数値が出て
大動脈弁狭窄手術から解放される前から
体感的な心臓の状態は悪くはなかったので
数日前から低山巡りの計画を
立てはじめたが
かなりのブランクがあるので
いきなり山へ向かう勇気が無く
今日は延長延長で
どうしても手続きで
新宿中央図書館へ行かなくてはならないので
適当に大久保駅から降りて
往復歩いた。

筋力や心肺力は別として
心臓には違和感や異変はおこらず
いつものように歩けた。
ザックにはパソコンと図書館で借りている全集本が入っていて
帰ってみて体重計に乗ってみたら
5kgだった。
もう9月末というのにとにかく
暑かった。


リハビリ第1歩は8920歩。

2016-09-27

循環器診療部長いい加減に大手術を迫るな。大動脈弁置換手術は遠のいた

数値というのは変動する。

循環器での診断で
重度の大動脈弁狭窄とされたのは
9月11日のブログで書いた。

循環器の診療部長は
心房細動が電気ショックで
是正されたなら
すぐにでも大動脈弁置換手術を
しなくてはならないと
診断していた。

しかし
我が輩はそのブログでも
記したように
ただ一つの数値
「PG」の変異だけで
大動脈弁狭窄とすることに
疑問を感じていた。

なぜなら心臓は
心房細動や山での酷使などの状況で
体感的にいつも変異していることを
感じていたからである。

「PG= 平均大動脈弁圧較差」の
昨年2月と12月の数値がそれぞれ
「2015年2月26日 18.8mmHG
2015年12月15日 41.6mmHG」
の二つの数字による変移をもって
循環器の診療部長は大動脈弁置換手術という大手術を
いとも簡単にすすめ
しかも
医療事故も起こる可能性があるという承諾書を
渡されサインを求めてきた。
いったいなんだったんだろう。
もちろん手術に至る前に
予備の検査はあるだろうが
それにしてもだ。。。


なぜか
循環器の診察を受診した前後の「PG」の数値がない。
受診したのは数日前の話だ。
2016年8月のPGが知りたいのは当然。
あるいは9月の心エコー検査でもよい。

透析の技師Kに雑談で話してみたことがあったが
心房細動などの状況下では
PGも算出できないこともあるようですよという。
心強い言葉ももらった。
いつも細々した疑問が浮かんでくると
それが単に趣味的なことにしても技師に
ぶつける。
技師さんは即座に
丁寧に答えてくれる。
即答できないのは
翌透析日に必ず教えてくれる。
医療的なことは
我々にとってなかなか知り得ない。
医療の世界を
丁寧に教えてくれる技師の知力に
どれほど元気づけられるか。


とにかく
しぶとく何度も複数の医師や
透析の主治医に「PG」の数値を
教えてくれるように
しかも最近のをお願いしてきたが
今日やっと示してくれた。

昨年以降
18.8mmHG
41.6mmHGときたから
重症といわれる50mmHGを
越えてるかと思いきや

「22mmHG」

これだ〜

よい方向に想像していたとおりになったにはちがいない。

「重症ではない」
「数値は変動する」
「計測時の状況で変わる」

透析主治医はいうが
そんな数値だけをもとに
大手術をすることを勧め
家族の承諾を得るように言い
本人の手術承諾書にサインを求めてきた。
診察の翌週には
予備の胃カメラの検査や
心房細動に対する電気ショックの手術の検査日や
そのための投薬など
決めてきた。

それらすべて強引な診療方針・手術の根拠に
疑問に感じたのですべて留保した。

診療部長の言い分は
「苦しんでしょ」

もしあの場で応諾していたら
いまごろ人工呼吸器を装着しての
大手術が執刀されていたと思うと
ぞっとする。



診療部長が手術の根拠として
説明に挙げた
「PG」について
調べようとしたが
少なくともいまは2016年なのに
昨年の2月と12月のデータしかない。

複数の医師にお願いしても
ある医師は「ないようです」
もっとも推定値らしいので
しっかり出てない可能性もあったが
そんな最も新しいデータもださないで
大手術を迫った
しかも
結果的に手術はしなくてよいとなった経緯を
循環器診療部長には
説明を求めたい。

いい加減に大手術を迫るな。




とにかく少なくとも
大動脈弁置換手術は遠のいた。

心臓にこの間
整体的な対応もしてきた。
その効果もあるともいえよう。

少し元気が出てきたが
今朝のように体重増加が
4.5kgともなると
カラダを動かすと苦しいのは
なんとかしなくてはなるまい。

また一から考えることになるか。










2016-09-25

日に日にいい気分

循環器科診療部長の治療方針はこうだったと思う。


●専門用語ではないかも知れないが
胃カメラでの心臓の造影画像を得る。
胃カメラを胃から入れて
心臓の壊れ具合を「裏から」撮影するというものだ。

●心房細動があるかぎり
大動脈弁の手術に取りかかれないので
まず心房細動を取り除く手術をする。
方法としては「カウンターショック」という手術だ。
ふつう電気ショックなら
心電図をとるように電極を胸につけて・・とか
AEDのでかいものかなとか想像するが
たしかに電極にはそれほど違いはないかも知れないが
全身麻酔をして、胸の前から背中に
直流電流を流すという大がかりな手術。
誰の心房細動も原因がわかっていない。
原因がわかっていない心房細動に
直流電気を流せば電流が正される
あるいはカテーテルアブレーション手術にしても
電極を切除するという
ずいぶん乱暴な
ほぼあてずっぽうの手術に賛同はできない。
たとえ95%の成功率でも80%の成功率でも
5%20%に入れば本人にとっては
意味はない。
友人も某有名な心臓クリニックで治療を受けているが
手術を繰りかえしている。

おそらくこの心房細動の治療で時間が過ぎていくのだろう。
もしせっかちならば
それを無視して大動脈弁の手術にうつるかも知れない。
あるいは心臓が機能しなくなくなって
切羽詰まってメスを入れなければならなくなるのかも知れない。

●大動脈弁狭窄は
心臓から全身に血液がわたる出口の弁が狭くなっていることだ。
弁には意志がないので
外と中との血圧の差で開いたり閉じたり
ぷらぷらしている弁が何らかの理由で
閉じたままというのだ。
弁は3枚あるそうだ。
その弁を人工のものに取り替えるという大手術だ。
もちろん一時的に人工心臓に置き換えなければならない。
人工弁と言っても
動物のものもあれば新素材のものもある。
とくに新素材のものであれば
一生ワーファリンという血液を防ぐ薬を飲み続けなければならない。
ワーファリンは脳梗塞などの既往症がある場合は
処方されわが輩も一時飲んでいたが
とうぜん歯間からの自然な出血もあり
歯間だけならいいが
これを全身で考えた場合
出血させるという現象がつまり
血液の本来の働きを疎外しているわけだから
ほかに良くない結果
副作用などが起こる可能性もあると
いろいろ考えた末休薬させてもらった。


この方針に従っていれば
すでにこの既定路線にのって
いろいろ出てきたであろう。


さてわが輩は留保した。
ではカラダはどうか
心臓はどうか。

この1カ月で基礎体重を5キロちかく
下げたことによって
体調はいい。
降圧剤を飲まないと220あった血圧も
降圧剤をのまなくとも130を示す。
これは基礎体重を減らしたからでなく
心臓がそれだけ働かなくなったのかもしれないし
逆に発熱騒動で心臓が正常に働き始めたのかも知れないが
真相はだれもわからない。

心臓への負担はなみなみならぬものだったのか
心臓弁もよくなっているかのような感覚だ。
呼吸の違和感もまったくなくなったし。
もちろん感覚だけだろう。
だが
それはそれで他の機能が補完していくことも
信じている。


きょうも仲間は山へ登っているが
追いかけてもいいくらいだ。
まあそれは気持はとしながら
いきなりそれなりの山にのぼることができなくても
きわめて低山に登ることはできる。

コアヒビターでの呼吸の困難と違和感が
どんな形であったのか誰も解明できないが
少なくともそれから1カ月以上経って
今日などはまったく呼吸は明瞭だ。
あれは何だったのかつくづく考える。
そして
その違和感にしたがって
手術と検査の連続の日々に
突入していたら悲惨だっただろう。

いま平成になってみて
もちろん大動脈弁が
自力で(自然放置ではなく整体など働きかけ)少しでも
修復していけばと考えているが
このまま動かなくても
日常生活にはまったく差し支えない。

いずれ近いうち試みるが
運動したり山登ったりすると
息が弾むのかも知れない。
それでもそれと同居しながら
だましだまし生きていくのがいいのではないかと
今日は考えた。






2016-09-22

13年?カラダに余分な8キロの水分を抱えて心臓は壊れた

コアヒビターでの39度の発熱をきっかけに
まずレントゲン写真を見た主治医は
慌てて基礎体重を下げた。
それ以降1ヶ月たっていないのに
以前より4kg下げた51kgに
今日設定した。

これは何を意味するかというと
カラダに常に余分な水分が4kgあったということだ。

それは何よりも
カラダのどこに負担をかけるかと言えば
心臓に他ならない。

その通り心臓は悲鳴を上げて
心房細動という不整脈どころか
「大動脈弁狭窄」という心臓が
血液をカラダに送り出す力を溜める「弁」を壊してしまったのだ。

もちろん原因が直結しているか
そんなのは証明できないかもしれない。
4kgといえば
4リットルの水だが
洗面器でいうと
こんな洗面器一杯の水が
カラダに貯留していたというものだ。

もちろんすべてが血液中と心臓にあるわけではなく
細胞にも膜間に浮遊していたのだろう。
さらに尿は出ないので
透析したあと摂取した水分と
食事の分(食事のほとんどが水分となる)が
次の透析までカラダに貯まり続ける。
これが夏の間は汗として排出されるが
暑さで飲む水も多い。

透析は基本週3回一日おきで中二日を挟む。

4kgも余分な水分があった上に
この中一日や中二日は
同じ4kg前後は溜め込んだ。
ある意味8kgの水分を
抱え込んで生活していたということだ。

8kgの荷物を持つって容易ではない。
もちろん透析が開始された13年前からずっと
同じ状況ではないとは思うが
かといって最近突然そういうことになったわけではない。

心胸比が60%を越えたのは最近だが
だからといって
いままでも50%後半を
ずっと示していた。
心胸比は心臓にどれだけの
血液が入っているかという「目安」で
胸の幅に比して
心臓の大きさを示したもの。

正確に言えば13年間で
だんだん心胸比は増えてきた。
最初は52%という数値もおぼろげに記憶がある。

かといって心胸比だけで
基礎体重が決まるものでもない。
そのさじ加減が難しい。
血圧
しかも
透析前後の血圧の落差
透析後半で足が吊るといった症状など
いろいろ加味して
その体重がベストだとされる。
この設定が甘かったのである。

この基礎体重の設定は
もちろん透析治療では重要な位置にあるが
医師やスタッフが一方的に決めるものでもなく
とくに我が輩は自分なりに考えて
積極的に意思表示をしてきた。
医師やスタッフの原則的な基準を
指し示されても
往々にして納得しないことが多かった。

それがすべて仇になった形になった。
先月の心胸比計測でたしか
58%を示したときも
主治医は基礎体重を下げるよう提案があったのも
承諾しなかった我が輩だ。

我が輩の意思はどこにあったかというと二つあって
なるべくカラダは水分欠乏になりたくないというのと
スポーツをしている心臓は
一般人より心臓が大きいのではないか
というのだった。
たかが月何回かの山登りなのに。

それがすべて裏目にでたわけだ。

体重設定の問題でなく
心臓に何かが起こったと主治医はいったが
体重設定の甘さが
心臓を壊したのは明白。
もちろん
コアヒビターの副作用も
壊れるきっかけとはなったに違いないが
ベースは心臓に大きな負荷をかけ続けた結果だろう。













2016-09-14

あらためて「脚の筋肉は、第二の心臓」 を考える




このイラストは動画ではないが
引用しているブログの心臓の右脚ブロックの動画はイメージを喚起する。
http://www.cardiac.jp/view.php?lang=ja&target=rbbb.xml

















心臓の動画を見ながら考えると
いろいろなイメージが浮かぶ。

この小さな筋肉のかたまりに
問題が山積し集中していると言うことだ。

1.たしか数年前のCT撮影では

「心房中隔欠損症」の診断もあった。

2.そこに今回の

「大動脈弁狭窄」の診断。

3.「右脚ブロック」


そんな欠陥だらけの心臓なのに
生きていられるものだとも思う。
ある意味心臓が圧力をかけても
スカスカに抜けてるようなものだ。

■1.
全身から返ってきた血液は
「右心房」が拡張して吸われる。
■2.
「右心室」は収縮して
「右心房」からの血液を
肺に送り出す。
■3.
肺で酸素を取り込んだ血液は
左心房に返ってくる。
■4.
「左心室」から全身に血液は送り出される。


この「左心房」にせっかく肺から浄化された血液が返ってくるのに
隣の「右心房」との間が筒抜けで
全身から戻ってくる酸素が少ない血液と混合してしまう。

まして「大動脈弁狭窄」で
「左心室」から押し出そうとすると
出口を絞られて
出ようにもでられないというわけだ。

さてなぜ
手術手術というのか。

右脚ブロックを解放するのは
心臓の収縮をさせて
血液を「肺」に
そして「全身」に送らなければならないからだ。

「大動脈弁狭窄」に
人工弁に代替えして
送りやすくしなければならないから
ということになっている。

このブログでも何度も

「脚の筋肉は、第二の心臓」

と謳ってきた。

それは日常的にも
脚の筋肉の収縮で
脚という末端の毛細血管から
心臓の「右心房」に血液を返す力を発揮するはずだからだ。

もちろん脚の筋肉だけではないかもしれないが
脚の筋肉がもっとも体積は大きいのではないか?

心臓が悪いと
心臓から血液が送れないから
負担になると考えるが
じっさいは逆なのではないか。

先日
低山の高尾山陵を登った。

「ぶらり」が予想外の長丁場 南高尾山稜 

どの山もそして「誰もが」そうであるように
登りの最初の30分が苦しい。
それは末端まで血流が追いついていないからだ。
そして
「誰もが」と書いたが
ここでこだわれば
「心房中隔欠損症」であり「大動脈弁狭窄」であるわが輩は
30分が40分かも知れないし
無理すれば息が続かない。

だが全身を血液が廻るようになれば
歩けば歩くほど楽なのだ。
それは言い過ぎを許してもらえば

「脚の筋肉が心臓」なのだ。

簡単に言えば

心臓は血液を循環すればいいのだ。

誰もがその30分を40分を過ぎると
心臓だけの力だけでなく
筋肉も総動員して
血流をつくる。

それが120回低山ではあるが
登ってきた実感であり
それが快感でもあるのだ。

「心房中隔欠損症」であろうが
「大動脈弁狭窄」であろうが
日常生活に困ることはない。

多少息切れはするが
それは逆説的ではあるが
歩かないと息切れは止まないのだ。


心臓のイラストを見ながらそんなことを考えた。

脚の筋肉にそれだけ頼っていいものかな。。







2016-09-11

循環器科診療部長の診断

透析の主治医の勧めで
循環器科の受診を受けることになって
先週の9月8日に受診した。

朝一番9時の予約だったが
実際に受診で入室したのは
11時近かった。

わが輩は
もともと今までの症状とは違うのを
経過から言って
8月9日のコアヒビター投与からと
訴えてきた。
主治医はレントゲン写真の心胸比と
心臓や肺の画像から判断して
体重設定が甘く
余分な水分がカラダにあふれていると判断して
それ以降体重は3kg減らした。

もちろん体重設定を下げたことで
何かが変わったけれども
それでもある息苦しさに変わりがない。
主治医はこれまでの心臓エコー検査をみて
「あまりよくないので
循環器の受診を受けるように勧めたのだった。

診断は
「右脚ブロック」
「大動脈弁狭窄」
だった。

原因は「老化」とその診療部長はいう。

とつぜん「老化」で
「大動脈弁狭窄」がおこるものなのか。
もしたとえ「老化」がベースにあって
コアヒビターでの一撃が
そのきっかけになったことは
確かだ。

しかし
そんな原因を探っても
意味がないことだ。
あえて探すとすれば
もう一度「コアヒビター」を使ってみることになる。

それよりもいまは
右脚ブロックという「心房細動」と
「大動脈弁狭窄」にどう対処するかというところだ。

循環器科の流れは
すぐに
心房細動に対応する薬を処方し
(たしかアンカロン)
電気ショックを与える手術を施す。
心房細動が止まらないと
大動脈弁狭窄の手術は
できないとする。

いままでのわが輩の認識から言うと
この心房細動対応の薬物などは
成功率は極めて低いと
認識している。
それだけならいいが
思わぬ副作用で返ってくる可能性がある。
こんな薬で治るものなら
友人がなんどもカテーテルアブレーション手術を
何度もしなくてすむはずである。
とにかく薬の投与と
電気ショックでだめなら
次の手術ということで
次から次へと検査と手術が続くが
あたかも暗中模索の如しで
どれも成功する確証がないのと同じだろう。

そして
万が一心房細動が治療できたとして
待っているのは「大動脈弁狭窄」の大手術だ。

いまはどんな手術か説明はせず
とにかく心房細動を治すところからはじめることを
説明するが
いずれは心臓を開けて
心臓に三枚の人工弁を取り付ける
大手術になるのである。


その循環器科の診察で
電気ショックの予約をいれていいですか
にオーケーをすれば
ながーいながーい
通院と入院の生活が始まることは
目に見えている。

しかも
大動脈弁狭窄と判断している心エコー検査の数値は
2015年2月26日 18.8mmHG
2015年12月15日 41.6mmHG
2016年8月23日 ?

のみである。
山歩きで心臓を酷使し
心臓の変化をいつも感じながらを
している。
山から下山すれば数日
心臓は疲れを感じる。

さて2015年2月26日はわが輩は
山での骨折事故で
まだ再開してない状態で
疲労を感じる機会はないのである。
正常と言えば正常になるのは当然で
悪い数値が出る要因は
まず考えられない。

では2015年12月はといえば
2015-12-5ムギチロ903m(高低差640m)を
登っている。
その10日後の数値がそのまま信用できるのだろうか。

そんなことを考えて
まずはこのまま手術と検査と投薬の承諾を留保したということだ。


ひとつだけ
一週間くらいまえに南高尾山陵を歩いたときも
そのまえの相模湖・嵐山を歩いたときも
もっといえば
おととい仕事で重い機材を担いで地下鉄の階段を
上り下りしたが
どれもはじめは息が上がるが
しばらくすると
何もないかのようになるのはなぜだろう。
当分山歩きは封印しようという基本はあるが
この推移がなにか
これからのヒントになるような気がする。
もう少し「整体」を含めて
探ることにしようと考えている。

その上で
診療部長の言うように
「脳梗塞」になるというなら
それはやむをえない。
もう13年前に「脳幹梗塞」に罹っているからといって
免疫があるという訳ではないから
やはり御免被りたい。
むしろ自分のためより
それは家族のために避けたいので
用心深く毎日を過ごすしかない。


追記

酒量は減らしてはいるが
酒を呑むと
あるいはふとしたときに
心房細動を感じないことがある。
今回の様々なトラブルを
自律神経の乱れということもあるので
その点についても様子を検証することも
必要であり
この流れを食い止める一つのヒントでもあろう。



そしてその心は

「ヒトのカラダは、そのカラダに応じて修正していく」

という自己修正能力であり

「自己治癒力」である。

もちろん悪い態勢に安住すれば
突発的な事故や病気に陥るので
用心深く生活することを
自分のカラダのすべてに気を巡らせることは必要だ。











2016-09-06

主治医が「今までのような体重の設定の問題ではなく、心臓になにかあった」と

久しぶりに主治医が顔を出した。
夏休みが入っていたので
しょうがないといえばしょうがない。

現在の心臓について
はじめて
体重の設定の問題じゃなくて
心臓に何かがあったと
はっきり言った。

頻脈
拡張期血圧が高い
などが
真っ先に気になるところであるが
この頻脈は
我が輩が言ってきたことだが
「今までとは違う不整脈」で
息苦しいのだ。

体重調整を行うことは
やぶさかではないので
下げることに異論はない。

その頻脈は
まったくコアヒビター使用で
高熱と同時に息苦しくなって
救急外来で診察をうけたとき以来続いている。

それを何度もブログ等で訴えてきたが
病院の誰もがもちろん肯定的に
話を聞いてくれたことはない。

まだコアヒビター使用が原因と認めたわけではないが
状況判断ではあるが
それが起こったのと同時である以上確信的だ。

こうなると
原因はともかく
心臓になにが起こっているか
もう心臓の働きが減退するだけなのか
いつも死との境目にいなくてはならないのか。
とにかく
状況は知りたい。

その程度を知るための
循環器科の検査を受けることは
やぶさかではない。





朝7時病院へ

朝7時だけど
すでにタクシーで病院へ到着。

いったい自分のカラダがどうなってるのかわからない。
室温31度の熱帯夜に
扇風機のみの一夜はむずかしいのか。
透析での体重も
調整不足かもしれないし。

単純に言えば
余分な水が貯まっているのだろう。
先週のレントゲンをみると
およそ体重が53kgで(透析後)
心胸比が62%あるという。

2kg体重を落とし
余分な水分を体外に出したにもかかわらず
62%あるということは
細胞や血管以外にあふれてる水分が
血管内に取り入れ
また血管や心臓に満たされてしまっているということになる。

おそらく
基礎体重が55kgのとき
増加を含めると
59kgか60kgあったが
今の52.5kgを基準にすると
6.5kgか7.5kgの余分な水が
溢れていたのを
心臓はそれに応えようと
無理をしていたのかもしれない。

したがって血圧も降圧剤を飲まなければ
220か230あるのも不思議はないのかもしれない。

コアヒビターの一件をきっかけにして
血圧は急激に落ち着いた。
BNPが異常な数値で
放出されていたのも
その変化の一端かもしれない。

しかし頻脈が続く。
頻脈も不整脈の一種だと言えば一種だが
血液を送り出す拍動は収縮期血圧160前後あるので
問題ないが
拡張期が110とかで下がらない。
これは不整脈によって
血圧計がきちんと計れてないのか
それとも拡張期の心臓の壁が
十分拡張してないのか。

どちらにしても
しばらくカラダの余分な水分が
いかほどのものか
見極める必要がある。
そうしたときに心臓がどう働くのか
やはり不整脈が起こるのかを
みることか。


それにしても
この心臓の状況をして
この熱帯夜のノーエアコンは
ひょっとしたら命取りになるのかもしれない。
夕べはおかゆ
今朝はまったく朝食抜き。
部屋では呼吸が苦しい。
水が溢れているのか
暑さで息苦しいのか
わからないがとにかく病院にタクシーできたが
サロンスペースは快適だ。
カラダは参ってるのか。。

2016-09-05

おかゆ

単純に2.5kgの減量だが(基礎体重=ドライウエイトを下げられた)
食事のペースが元に戻せない。
元に戻すというか
食事をきちんと摂るという姿勢に戻すことが
なかなか捕まえられない。

どうしても食事を減らして
ビールや焼酎を吞んで来た結果
痩せたと言うことになってる。

酒量を減らすことは
なかなか困難だ。
このなかふつかにしても
きのうビールの小瓶と
焼酎ロック2杯飲むと
もう一杯一杯だ。

しようがなく昼はヨーグルトとビールですませ
夜はおかゆ。
おかゆも水分が多いので
400gのみ。
およそ明日朝食抜きなら3.6kgで
朝食食べれば4kgの増加になる。

しかも不整脈はいまだあるのか。。

2016-09-01

経過記録  コアヒビター副作用

整理しておきたい。


●2016年8月9日(火)
透析日。
採尿にて出血が認められることから、
透析時に使用する抗血液凝固剤をいままでのヘパリンから
コアヒビターに変更した。
(採尿検査では、3回の検査の結果原因不明また悪性ではないとして終了)
透析終了し帰宅後に異常な体の熱っぽさを感じながらも
気温(34度)が原因かと認識し
体温も計測せず。
いつもと違う不整脈を感じていた。

●2016年8月10日(水)
前日の異常な熱っぽさはなかったが、酷暑を感じていた。

●2016年8月11日(木)
透析日。コアヒビター使用。
体がだるく
いつもと違う不整脈。
ムーバスで駅まで行くが降りてから体がだるくいつもの不整脈で
歩けないので、しばらく図書館前のベンチで座っていた。
気温はおそらく30度以上であったにもかかわらず
震えに襲われ足が震えた。
それでもなんとか帰宅。
食事もとらずすぐ寝た。
相変わらず不整脈。
血圧も収縮期で特別高くもなく低くもない。
体温計が壊れているのか計測不能。

●2016年8月12日(金)
不整脈は相変わらず。
降圧剤を全く飲んでいないにもかかわらず
収縮期で120と極めて低い。
もともと降圧剤を飲まなければ
220や230の血圧で
降圧剤を飲んでも160〜180だったので
体も異常を感じる。

●2016年8月13日(土)
透析日。コアヒビター使用。
朝の血圧も収縮期で119と異常に低い。

透析後帰宅後ふたたび息苦しく
異常な不整脈とほてりに
体温計をコンビニで購入計測すると
38.5度。

夜間救急センターに駆け込む。
38.9度。

血液検査では
BNPが 1842.9(基準値 18)
CRPが   4.46(基準値 0.29以下)
が異常値ということで
レントゲン撮影となり
撮影の結果
白い影が「肺炎」の疑いとのことで
培養血液検査を実施することで
体温もたしか37度代に下がり
呼吸困難もやや和らいだので
帰宅する。
なおこのレントゲン撮影をもとにした心胸比は55.9%(体重55.5kg)
なお肺炎の影はその後の撮影にも写らず
培養血液検査にても出てこなく
全くのシロと言うことになった。

●2016年8月14日(日)
●2016年8月15日(月)
一日安静。
不快な不整脈が続く。
血圧は不整脈のせいで測定不能がおおいが
たまに計れたときの収縮期120代は低い。

●2016年8月16日(火)
透析日。コアヒビター使用をやめるように申し出る。ヘパリンに戻す。
透析後体重55kg?
主治医は不整脈と呼吸困難を基礎体重が高いと判断し
しかしこの日はたしか55kgくらいまでしか除水できず。

●2016年8月17日(水)
相変わらず不整脈。
血圧測定不能または低い。収縮期110の数字は?

●2016年8月18日(木)
透析日。
透析開始前の心胸比66%(体重57.6kg?)
基礎体重を53kgとすることに。

●2016年8月21日(日)
低山(相模湖嵐山)だが山に登る。
相変わらず不快な不整脈がある。

●2016年8月23日(火)
透析日。
透析前に心電図・心臓エコー検査。

●2016年8月25日(木)
正式な循環器の医師の所見はまだだが
心臓はかなり悪いと主治医。

●2016年9月1日(木)
透析日。
透析後レントゲン撮影で心胸比を。
今日の時点で心臓エコーなどの検査結果は出ていない。