きのうの山行倶楽部の仲間が「石灰化」で
足の痛みを訴えてる話をブログに書いたが
彼の心臓の冠動脈にはステントが
入っている。
心臓を囲んでる動脈が狭くなったりで
血管を広げておくバネのような筒状の金属。そもそもコレステロール値が高いのが
心臓の冠動脈の狭窄に至ったのだろうけど
ステントを入れた現在も
食生活は改まらないようで
倶楽部のなかでも何人かは
食生活を根本的に改善するのを
求められながらもできないのを
山歩きで補おうという趣旨のがいる。
残念ながら
わが倶楽部の趣旨というか実際の傾向は
山頂での飽食なる宴会が目標になってるので
あまり効果はない。
飽食に慣れてしまった現代人は
そこから脱するのも一苦労なのだが
飽食は現代人だけでなく
「極少食」をわが輩に教えてくれたルネサンス時代の富裕層にもあり
飽食の結果40歳代に短命を宣告された時
唯一「極少食」=1日350gが彼を救い
結局、当時としては長寿といえる102歳まで生きることができたというのだ。
しかも乗馬や山登りをしながら
病気一つかからない状態で
最期は自然死だったようだ。
「極少食」ですぐカロリーが足らない話をしたくなる。
もちろん毎日激しい仕事や運動をするには
それ相応のカロリーは必要だろうが
本当に栄養士が決めるカロリー計算に妥当性があるのだろうか。
ルネサンス時代のその少量の食事も
現代のように薬品や放射線にまみれたものはなく
卵ひとつとっても
健康な自然に近い平地飼いの無垢だったろう。
それでも食、とりわけ飽食がカラダを病む原因として
それを防ぐための「極少食」で
現代でも考えていいことだろう。
と「少食」を意識しはじめ
やっと月2回の定期血液検査で
リン値とカリウム値の高い値を指摘されなくなった。
というまだ極少食については途上ではあるが
1日350gは別としても
まだ減らせるということは言える。
ルネサンス時代にカロリーの概念があったかどうか
わからないが
それに替わるべく重量制限だったんだろう。
カロリー摂取の中心の炭水化物は
極端に減らすことなく
主にタンパク質を減らす余裕はまだあるのだろう。
少量を
食材の由来のはっきりしたもの
由来を信頼できるものを
由来がより健康的なものを
抗生物質まみれを避け
放射線量のより少ないものを探し
安易に安い値段のものを選ばないことを
心がけてはいるものの
どこまでできるか。
どこで線引きするかは
ひとりひとり自分。
山行倶楽部のその仲間も
「石灰化」をキッカケに
少しは食生活が変わるだろうけど
こと山頂直会(宴会)の飽食に関してはは勝てないかも。
さてわが輩の体調が久しぶりにリセットできた。
このところの状況は
実際良くなってみると
確かに異常だったと感じる。
大きな要因はやはり連日の猛暑だったのだろう。
そういう意味では
63年生きてきて夏の暑さでどうこうなったのは
はじめてのような気がする。
そういう年齢になったのか。
火木土の『充電』の日は基本的に
夜は出かけないが
今夜は久しぶりの快調さに出かけたい気分。
お誘い歓迎。